葉山のマリーナ。週末の朝7時。
チーク材でできたヨットのデッキが、朝露に濡れて静かに光っている。
聞こえるのは、ロープがマストを叩く音と、遠くの波音だけ。
そんな場所に、ただ一足、置かれていた靴があった。

夏が来ると、不思議とこの靴に足を入れたくなる。
デッキシューズ、あるいはボートシューズ。
その出自は、海の上だ。
機能だけを追求して生まれた形は、時を超えて一種の美学になった。
今年こそ、その本質に立ち返ってみたい。
すべては、滑らないために始まった
デッキシューズの歴史は、一人の男と一匹の犬から始まる。
1935年、アメリカ・コネチカット州。
ヨットマンだったポール・スペリーは、ある悩みを抱えていた。
濡れた甲板の上で、どうしても靴が滑ってしまう。
ある冬の日、彼は愛犬プリンスが氷の上を難なく走り回る姿を見る。
その足の裏にあった無数の溝。
これが、滑らないソールの発明につながった。
ヘリンボーン(杉綾模様)の切り込みを入れたラバーソール、「スペリーソール」の誕生だ。
機能が生んだデザインは、やがて甲板を降り、街のアイコンになった。
Sperry Top-Sider Authentic Original

Sperry Top-Sider Authentic Original
これがすべての始まり。元祖デッキシューズだ。
オイルを染み込ませた耐水レザー。
錆びにくい真鍮のハトメ。
そして、靴紐を一周させて踵までホールドする、360°レーシングシステム。
すべては、ヨットの上で最高のパフォーマンスを発揮するため。
その機能美は、ケネディ大統領にも愛された。
色褪せたチノショーツに、素足で合わせるのが流儀だ。
Paraboot BARTH

Paraboot BARTH
アメリカのスペリーに対する、フランスからの回答がこれだ。
堅牢な作りで知られるパラブーツの「バース」。
かつてフランス海軍に納入されていたという事実が、その品質を物語る。
自社製のラバーソール「MARINE」は、海水に強く、濡れた路面でもグリップ力を失わない。
アメリカのカラッとした空気感とは違う、どこか洒脱で上品な佇まい。
夏の足元には、素足で履くスエードスリッポンという選択肢もあるが、このバースが持つ堅牢さは、よりアクティブな一日を約束してくれる。

Loro Piana Summer Walk

Loro Piana Summer Walk
デッキシューズが進化の果てにたどり着いた、一つの極致。
最高級のカシミアとウールで知られるロロ・ピアーナが作る一足は、もはやスニーカーのようでもある。
アッパーには撥水加工を施した、驚くほど柔らかなスエード。
ソールは白く、軽く、そしてもちろん滑らない。
これはヨットの上だけでなく、そのままプライベートプールヴィラのテラスや、旅先のレストランへも行ける靴だ。
究極の心地よさは、一度知ると後戻りできない。
大人のための、現代の履きこなし方
デッキシューズを履くなら、ルールは一つ。素足で履くことだ。
インビジブルソックスを履くのもいいが、潮風とレザーの感触を直接肌で感じるのが、この靴への敬意でもある。
合わせるボトムスは、膝上のチノショーツや、洗いざらしのリネンパンツ。
少し色落ちしたくらいが丁度いい、細身のジーンズも相性がいい。
大切なのは、リラックスした空気感。
夏の足元にはレザートングサンダルという選択もあるが、デッキシューズがもたらすのは、より品格のあるカジュアルさだ。
海辺のカフェから、週末の街まで。この一足があれば、どこへでも行ける気がする。
VALEGIAの視点
デッキシューズは、単なる靴ではない。
それはセーリングへの憧れであり、自由の象徴だ。
その一足を履くことは、海と陸を軽やかに行き来するライフスタイルを選ぶということ。
あなたの足元にあるその靴が、次の旅の行き先を教えてくれるかもしれない。
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