夏の終わりの羽田空港。西の空に傾きかけた陽が、ターミナルの窓をオレンジ色に染める。肌を撫でる風は、もう秋の気配を纏い始めている。慌ただしい日常から飛び立つ、わずかな時間。目指すのは、静寂と美味が待つ九州、大分だ。
人いきれのするリゾートはもういい。僕たちが求めるのは、自分自身と向き合える場所。そして、五感を呼び覚ますような本物の体験。夏の喧騒が遠ざかったこの時期だからこそ、九州の温泉地はその真価を発揮する。
別府の空と溶け合う、インフィニティ温泉

大分空港から車を走らせ、別府の丘陵へ。そこに現れるのが「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」だ。建築家、橋本夕紀夫が手がけた空間は、別府の伝統的な竹細工がモダンに昇華されている。
ここのハイライトは、別府湾を一望するインフィニティプールだ。夕暮れ時、空と温泉と海が溶け合う光景は、言葉を失うほどの美しさ。身体を湯に預け、眼下に広がる街の灯りを眺める。それはまるで、空に浮かんでいるかのような錯覚を覚える時間だ。
ディナーは、土地の恵みを最大限に活かした「アトリエ」で。シェフが目の前で腕を振るうカウンターは、ライブ感に溢れている。大分の豊かな食材が、洗練された一皿へと変わる瞬間を目撃する。これもまた、旅の醍醐味だろう。
湯布院の森に佇む、文学の香る隠れ家

別府のモダンなラグジュアリーとは対照的に、湯布院には時が育んだ静寂がある。「亀の井別荘」は、その象徴的な存在だ。約一万坪の広大な敷地に、客室はわずか21室。そのほとんどが、庭の中に点在する離れだ。
由布岳を望む部屋で、鳥の声に耳を澄ます。聞こえてくるのは、風が木々を揺らす音だけ。ここは、ただ何もしない贅沢を許してくれる場所。昭和初期の洋館を移築した談話室や、伝説のバー「天井棧敷」に身を置けば、まるで物語の世界に迷い込んだかのようだ。
夕食は、旬の山の幸、川の幸を使った懐石料理。丁寧に引かれた出汁の香りが、旅の疲れを優しく解きほぐしていく。
アートを巡る、感性のドライブ

九州の旅は、優れたアートに触れる旅でもある。宿を拠点に、少し足を伸ばしてみたい。建築家、坂茂が設計した「大分県立美術館(OPAM)」は、それ自体が巨大なアート作品だ。ガラス張りの開放的な空間は、街とアートをシームレスに繋ぐ。
車を走らせれば、国東半島に点在するアート群にも出会える。こうした気ままなドライブには、信頼できる相棒が必要だ。旅から日常までシームレスに使えるバックパックに、お気に入りのカメラと本を詰め込む。瀬戸内海の島々を巡った時のように、ここ九州でもアートと自然の対話が楽しめる。ベネッセハウスに泊まる、秋の直島アート紀行で感じた、あの高揚感が蘇る。
景色の良い場所で車を停め、愛車のトランクから取り出したコーヒーギアで一杯を淹れる。そんな自由こそが、大人の旅だ。


VALEGIAの視点
旅は、目的地に着くことだけが目的ではない。日常から離れ、美しいものに触れ、美味いものを味わう。その一つひとつの体験が、乾いた感性を潤してくれる。
夏の終わり、九州で過ごす時間は、次の季節へ向かうための静かなエネルギーをくれるはずだ。それは、単なるリセットではない。新しい自分を発見するための、インスピレーションに満ちた旅なのだ。
